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第2回  〜アニメの制作進行というお仕事〜


 私は、いまでこそアニメ業界とゲーム業界を行ったり来たりしている身だけど、私が学校を中退し、最初に就職したのは、某アニメ会社。というより、当時はファミコンは発売されてなかったので、TVゲームというメディア自体一般的じゃなかったからね。

 その会社で、製作進行という下働きとしか形容のしようのない仕事をしていた。シナリオを受け取ってから、フィルムを放送局に納品するまで、ひたすら作業が円滑に進むように動き回る仕事で、ハードな割に給料が安いのが特徴。制作進行は、一番の下働きでありながら、テロップにはちゃんと名前が表示されるため、当時は、TVに自分の名前が写るのを心の励みに頑張ってたわけだ。

 原画・動画・背景・仕上げなど、できあがったモノを次のスタジオへ廻すというのが主な仕事なんだが、私が担当した作品は、全ての工程が外注だったため、当時、自分が車を運転していた時間は、タクシーの運転手の労働時間を遙かに上回っていたはずだ。

 あるTVのシリーズの劇場版を制作していたときのことだ。劇場版は通常のシリーズと並行作業になるので、劇場手当という特別手当が給料に加算されるのだが、肉体的にも精神的にもかなりキツイ。

 そんな状況の中、いつものようにあがった原画を、動画にしてもらうため、外注のアニメスタジオに渡した私は、車に乗り込んで一息ついていたところに、いきなり睡魔が襲ってきた。
「ここのところ、忙しすぎてほとんど寝ていないので、事故になってはマズイ」

 と思い、すでに陽が落ちかかってたが、自動車の中で仮眠を取った。アッという間に眠りに落ちたが、ふと目を覚ますと、まだ外は夕暮れ。そんなに眠ってないけど、とりあえず仮眠したからいいや、と車を走らせ会社に戻った。
 そして会社で呑気にお茶を飲んでると、隣の後輩が
「吉岡さん、昨日見かけませんでしたね。また、Mさんの所に付いてたんですか?」
 と笑っている。

 このMさんというのは作画監督。Mさんは腕も確かな業界の大ベテランなんだが、非常に奔放な性格をしていて、スケジュールがせっぱ詰まっている時であろうと、酒を飲みにどこかに行ってしまったり、女性と遊びに行ってしまったりしてしまう。とにかく業界屈指の豪傑さんであった。

 そういうわけで、そろそろヤバイなと思うと、アポも取らずにMさんのスタジオに出向き、作業が終了するまで、ずっとMさんの後で座り込むという荒技を使っていた。というか、この頃になると、自分の意志の弱さを自覚しているMさんは、納品まであと数時間しかないというギリギリの状況になると、Mさんのほうから私を呼び出して、自らを縛り付けるようになっていた。いま思うと、責任感があるんだか無いんだか、よく分からない人だった。殊勝な心がけとも言えるが、よその会社の仕事でも、やばくなると、私を呼び出そうとするのには閉口したものだ。自分の仕事に余裕があるときに限るが、その会社の制作マンが来るまで、虚しい思いでMさんにおつき合いしたことは、幾度となくある。

 さきほどの後輩は、その事を言っていたのだ。私は首を捻った、後輩とは会社を出る直前に、話をしているはず… ハッとして、時計の日付を見ると、翌日になっているではないか。そう、私は24時間も車の中で眠りこけていたのであった。気分はもう時を駆ける少女。さすがの私も、この時はあきれかえった。長時間もグースカ寝ていた自分に、ではなく、24時間連絡も無しに行方知れずになっていた私を、上司も後輩も誰もが全く気にとめていなかったという事実に、である。

 任されたら最後、あとは、完全に自己責任で、途中経過の報告はあっても、作業が円滑に進んでいるのなら、寝ていようが、死んでいようが誰もお構いなし、というのが当時の制作進行という仕事だった。

 現在は、昔ほどハードではないと聞くが、それでも、通常の仕事に比べれば激務には違いない。結局、睡眠不足がたたって車を事故らせ死ぬ思いをしたため、1年ほどで辞めてしまった私だが、当たり前のように放映されているアニメを観るたびに、作品を影で支えて頑張っている進行さんに、いまもこっそりエールを送っているのだった。君も制作進行というテロップを見かけたら、たまには応援してくれ! って、なんだか訳わかんない締めになっちゃった。

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