アニゲの狭間 第27回 〜脚本家からみた声優というお仕事〜

脚本家と声優は、遠くて近い不思議な関係だと思っている。
声優という仕事に関して、私は門外漢であるが、前回のアフレコの話に関連して、脚本家からみた声優ということを無責任に書いてみようと思う。

 声優さんを、いまだに役者さんと呼んでしまう私

 私の古い友人に舞台役者がいることも影響して、芝居、特に小劇場の舞台を観るのが好きである。
 芝居好きにとって、役者さんというのは、やはり特別な存在だ。
 演じるという特別な技能に対して、憧れに近いものがあるからである。

 仕事がアニメやゲームが中心ということあり、仕事でご一緒させていただく役者、といえば、主に声優の方々。
 この声優という呼び名がどうもなじめなくて、今でも、つい役者さんと呼んでしまう。まあ、声優も役者のうちであるから、間違ってはいないのであるが。

 声優を志望する動機のトップは?

 この声優を志望する若者が、近年大変増加していることは、誰かから聞くまでもなく、専門学校の広告を見れば想像に難くない。
 この学校の講師をされているベテラン声優さんとお話しする機会があった。
 声優になる志望動機、ということを尋ねると、一応、それっぽいことを言うらしいが、本当の動機は、アニメやゲームの登場人物になれるから、ということだそうである。
 もちろん、志望者全員がそうだというわけでもないだろうが、かなりの割合を占めているのは間違いないだろう。声優ブームは、アニメブームと完全にリンクしており、声優になりたいと思う人が、そのことにまるで無関係だとは思えないからだ。
 話をうかがったベテラン声優さんは、ただ苦笑しておられただけであったが、この動機をもって、志望者を批判する業界人は大変多い。

 動機はそんなに重要じゃない

 私個人の考えで言えば、動機などはどうでもいい。好きな声優さんに会えるからとか、声優はモテるからとか(これはかなり誤解があると思うけど)、くだらない動機でも構わない。
 問題はその後である。ちゃんと仕事として、モノになるかどうかだ。
 動機にこだわるのは、おそらく、ふざけた動機だと、勉強も続かず、ろくな結果にしかならない人が多いからだと思う。
 しかし、ふざけた動機だからモノにならないのではなく、例え立派な動機があっても、モノにならない人はモノにならない。大切なのは、その人に、才能と向上心があるかないか、という問題だけである。

「好きな声優さんに会いたいから」
 という動機で、この業界に入りながら、現在立派に声優業をこなしている若手の人を、私は実際に何人も知っている(笑)
 また、声優志望でありながら、舞台演技の魅力に取り憑かれて、劇団入りした人も多い。

 動機はきっかけにすぎず、忘れたり変質していくものであるし、そもそも、わざわざ人に語って聞かせる性質のものではないのだ。
 しかし、現実問題として、普通の就職活動でも志望動機はつきものであるように、尋ねられる局面は大変多い。
 ならば、いつ聞かれてもいいように、前もってそれっぽい答えを用意しておけないいのだ。まあ、最初に話したベテラン声優さんは一発で見破れるそうだけど、本音と建て前を使い分けられるのも、声優に限らず、社会人の大切なスキルだし(笑)

 いつも失礼してます

 私は、アフレコに立ち合ったりするので、声優さんと接する機会も結構あるのだが、声優さんの顔と名前がなかなか覚えられないのが悩みの種である。
 普段ただでさえ、顔と名前を覚えるのが苦手であるのに、アフレコの時は調整室にいるため、背中しか見えないのだから尚更である。
 もちろん、この声はこのキャラクター、というのは覚えているのだが、その声の持ち主がどの人か、控え室でお会いしても、さっぱりわからない。
 まして、ビデオの仕事の時など、一度や二度しか一緒にならないのだから、
「あの時はお世話様でした」
 と別な場所でご挨拶をいただいても、この人が、その時にどのキャラを演じていたかが判然とせず、あいまいに笑っていることしかできない。
 実に失礼な男である。

 あう! 志望動機の話が長くなりすぎて、肝心の話が書けなかった……
 ってことで、次回に続きます。


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